昭和23年度
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い  
 岩手県高等学校体育連盟発会式を、9月19日花巻市陸上競技場において行い、9種目(陸上、バレー、バスケット、軟式庭球、卓球、ラグビー、サッカー、水泳、体操)の競技を行った。
 会長に松岡修太郎氏(盛岡高校長)理事長に加藤昌得氏(盛岡高校教諭)がそれぞれ就任した。
 事務所を盛岡高校に置いた。
 会計に関する規程を設け、分担金として1人あたり全日制・職員30円、定時制20円を徴収した。
昭和24年度  

 会長に及川儀右衛門氏(盛岡高校長)が就任した。
 第1回総合体育大会として花巻陸上競技場を中心に6月上旬5日間に亘り9種目の競技を行い、優勝旗授与の制を創設した。参加人員は2,000名であった。
昭和25年度  
 
 会長に小圷洋氏(盛岡高校長)が就任した。
第2回総合体育大会は水沢市を主会場にして、花巻市と2会場で新たにハンドボール、相撲、ボクシング、4種目を加えて13種目を行った。
 第1回研究集会を高田高校で開催した。 
昭和26年度  
 
 第3回総合体育大会は花巻市において自転車、柔道を加えて15種目を行った。参加人員は5,000名に、増加したので県下を6ブロックに分け、ブロック予選会を実施した。
 前年度における優秀選手表彰の制度を設けた。
 定時制の部が学校対抗の得点において独立した。
 第1回冬季大会を開催した。
昭和27年度  
   会長に樋口佐平氏(盛岡一高校長)が就任した。
 第4回総合体育大会は盛岡市において軟式野球、ソフトボールを加え、17種目を行った。
 規約を改正し専門部規程を設けた。
 学校体育が真に民主的教育の目的に合致するため対外試合規程を設けた
昭和28年度  
   理事長に宮崎正之氏(盛岡一高教諭)が就任した。
 第5回総合体育大会は釜石市を中心に大槌、鵜住居において行った。
昭和29年度  
   理事長に西村修一郎氏(岩手女子高教諭)が就任した。
 第6回総合体育大会は9月水沢、北上を中心に岩谷堂、前沢、南都田において行った。
昭和30年度  
   第7回総合体育大会は宮古を中心に山田、田老において新たに剣道、弓道を加え19種目を実施した。
 専門部に硬式野球を加え22部となった。
昭和31年度  
 
 会長に鈴木長氏(盛岡一高校長)が就任した。
 第8回総合体育大会は硬式野球を加え20種目を9月に盛岡市において実施した。
 理事長西村修一郎氏が逝去された。
昭和32年度  
 
 理事長に舘沢徳栄氏(盛岡二高教諭)が就任した。
 第9回総合体育大会は花巻市を中心に北上、東和で実施した
昭和33年度  
   第7回全国高校スケート競技選手権大会が高松ノ池において開催された。
 会長に桐野薫氏(盛岡工業高校長)が就任し、事務局を盛岡工業高校に移転した。
 第10回総合体育大会を盛岡で開催、10周年を記念して故西村修一郎氏を表彰した。
昭和34年度  
   10周年記念誌を発刊した。
 第11回総合体育大会を盛岡で開催、水泳の部を夏季大会として切り離した。
 支部規程を設け県内6ブロック(県北、盛岡、花巻、水北、県南、沿岸)に分け各地区に支部を置いた。
昭和35年度
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い    登山専門部を新設した。理事長に戸嶋正夫氏(岩手高校教諭)が就任した。
 第12回総合体育大会は盛岡を中心にバスケットボールを釜石市、ボクシングを岩泉町において開催された。
 会長桐野薫氏が教育委員に栄転され、山口善次氏(盛岡商業高校長)が第7代会長として就任した。
昭和36年度  
   事務局を盛岡商業高校に移転した。第13回総合体育大会を盛岡で開催した。
昭和37年度  
   第14回総合体育大会を盛岡市を中心にボクシングを釜石において開催した。
昭和38年度  
   会長に吉岡格六氏(盛岡商業高校長)が就任し、第15回総合体育大会を盛岡市を中心に開催した。
 山ロ善次、加藤昌得両氏の功労に対して感謝状を贈呈した。
 昭和41年全国高校総合体育大会(体操、ハンドボール、剣道、登山)の本県誘致が決定された
昭和39年度  
   第16回総合体育大会を盛岡市を中心に開催した。舘沢徳栄氏の功労に対して感謝状を贈呈した。
 昭和41年 全国高校総合体育大会岩手大会実行委員会を結成、事務局を高体連事務局内に設置した。
昭和40年度  
 
 第17回総合体育大会を盛岡市を中心に、バスケットボールを釜石市、ラグビー、ボクシングを水沢においてした。総合優勝制を廃止した。
 優秀選手表彰メダルを制定した。
 昭和41年全国高校総合体育大会岩手大会準備のため、事務局を旧教育庁舎(7月5日)、内丸合同事務所(11月14日)に移転した。
 昭和40年全国高校総合体育大会第15回全国高校スケート競技選手権大会が盛岡農業高等学校特設
リンク、高松ノ池で開催された。
 専門部にウエイトリフティングを加え24部となった。
昭和41年度  
 
 第18回総合体育大会を盛岡市を中心に、ラグビー、卓球を水沢市、バトミントンを釜石市、ソフトボールを市、自転車を紫波町において開催した。
昭和41年全国高校総合体育大会(体操、ハンドボール、剣道、登山)が開催された。
 事務局を盛商に移転(10月)した。
 専門部にヨットを加え25部となった。
昭和42年度  
 
 第19回総合体育大会を盛岡市を中心に、バレー、ボクシングを釜石市、サッカーを遠野市、剣道を福岡町、ビーを宮古市、卓球、ソフトボールを一関市において開催した。
 専門部に漕艇を加え26部となった。
昭和43年度  
 
 第20回総合体育大会を盛岡市を中心にバレー、ウエイトリフティングを江刺市、サッカーを遠野市、ボクシング、フトボールを水沢市、ヨットを宮古市において開催した。
 専門部にレスリング、フェンシングを加え28部となった。
 県南ブロックから気仙を分離し、県下7ブロックとした。
昭和44年度    
   20周年記念事業として功労者の表彰(27競技団体)と記念誌の発刊並びに祝賀会を開催した。
 第21回総合体育大会を盛岡市を中心に県内10市町村において開催した。
 専門部に庭球を加え29部となった。
 記録集を発行した。
 沿岸ブロックを釜石、宮古に分け県下8ブロックとした。
昭和45年度  
 
 岩手国体開催年、岩手県は男女総合優勝を果した。
 第22回総合体育大会は県民体育大会と合同実施となり、県民総合体育大会として国体会場地に於いて
分散開催した。
 県北ブロックを福岡、久慈に分け9ブロックとした。
昭和46年度
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 会長に小野寺英長氏(盛岡三高長)、理事長に矢羽々通夫氏(盛岡三高教諭)が就任した。
 昭和47年度全国高校自転車競技大会の本県開催が決定され、準備委員会を高体連事務局内に設置し
た。
 昭和47年度全国高校スケート選手権大会が本県開催が決定された。
 事務局を盛岡三高に移転した。(3月)
昭和47年度
 
 
 第24回総合体育大会を盛岡市を中心に開催した。
 昭和47年度全国高校総合体育大会自転車競技選手権大会が紫波町で、スケート競技選手権大会が、
岡市においてそれぞれ開催された。
昭和48年度  
   第25回総合体育大会を盛岡市を中心に開催した。
昭和49年度  
   第26回総合体育大会を盛岡市を中心に開催した。
 理事長に佐藤浩氏(盛岡三高教諭)が就任した
昭和50年度  
   第27回総合体育大会を盛岡市を中心に開催した。
 昭和51年度第26回全国高等学校スキー大会開催が内定し、準備委員会を高体連事務局に設置した。
昭和51年度  
 
 会長に千田玄氏(盛岡三高校長)が就任し、第29回総合体育大会を盛岡市を中心に開催した。
 第26回全国高等学校スキー大会がノルディク競技は安代町田山において、アルペン競技は雫石町網張に、
おいてそれぞれ開催された。
 第27回全国高等学校スケート(スピード)大会の開催が決定した。
 入会金制度を設け生徒1人あたり(1年生のみ)全日制400円、定時制200円を徴収する。
昭和52年度  
 
 第29回総合体育大会を、盛岡市を中心に、9市4町1村において開催した。
 第27回全国高等学校スケート競技選手権大会(スピードスケート)が昭和53年1月28~31日に県営スケ
ート場において開催された。
 昭和53年度全国高等学校総合体育大会ホッケー競技の本県開催が決定され、県実行委員会事務局を、
岩手町教育委員会内に置いた。
昭和53年度  
 
 第30回総合体育大会を盛岡市を中心に9市2町1村において開催した。
 全国高校総体、全国高校ホッケー選手権大会が岩手町で開催された。
 30周年記念事業として、記念碑の建立を事務局校・(盛岡三高)に、記念樹(しだれ桂)を今まで事務局を、
置いた学校(盛商)に植樹し、記念誌を発行、記念式及祝賀会を開催した。
 専門部にホッケーを加え、30部となった。
 冬季国体スケート競技会が盛岡市において開催された。
昭和57年度
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 総合体育大会基本方針検討委員会において、総合体育大会の開催は、1期にまとめ、6月第1金曜日を、開会式とし、競技は翌日から3日間以内とすることを基本方針とした。
 第34回総合体育大会を盛岡市を中心に10市6町において開催した。
 全国高校総体・第32回全国高等学校スケート競技選手権大会が、盛岡市並びに金ケ崎町において開催さ
た。
 専門部に空手道を加えて31部となった。
昭和58年度  
   第35回総合体育大会を盛岡市を中心に10市3町2村において開催した。
 競技種目数は空手道競技を加えて27競技となった。
 第2回傷害見舞金審査会を開催した。 
昭和59年度  
 
 会長に小原房之助氏(盛岡三高校長)が就任した。
 第36回総合体育大会を盛岡市を中心に10市6町2村36会場に於いて開催した。総合開会式は荒天のため
県営体育館において行った。
 昭和61年度第36回全国高等学校スキー大会の開催が決定された。
 岩手県高等学校体育連盟研究部規程を設定した。
昭和60年度  
   第37回総合体育大会を盛岡市を中心に10市4町1村において開催した。
 第21回高体連スキー教室の会場を竜ケ森・安比スキー場で実施した。
 馬術専門部を加えて32専門部となった。
昭和61年度  
   昭和61年度全国高等学校総合体育大会第36回全国高等学校スキー大会か安代町において開催された。
 第38回総合体育大会を盛岡市を中心に10市4町1村において開催した。
 第1回岩手県高等学校体育連盟研究大会を盛岡市において開催した。
昭和62年度  
   理事長に高橋英雄氏(盛岡三高教頭)が就任した。
 第39回総合体育大会を盛岡市を中心に10市5町において開催した。
 第23回全国高等学校体育連盟研究大会の本県開催が決定された。
 第43回国民体育大会冬季大会スキー競技会が安代町にて開催された。
昭和63年度  
 
 会長に高橋力氏(盛岡三高校長)が就任した。
 第23回全国高等学校体育連盟研究大会が盛岡市において開催された。
 県高体連創立40周年記念事業として、記念式典及び交歓会を開催し、記念誌を発刊した。
 専門部にアーチェリーを加え、定時制・通信制部会と研究部を専門部とし35部となった。
 第40回総合体育大会を盛岡市を中心に9市5町において開催した。総合開会式は荒天のため県営体育館
において行った。
平成元年度 ああああああああああああああああああああああああああああああ あああ
    
 平成元年度全国高等学校総合体育大会第39回全国高等学校スケート競技選手権大会が盛岡市並びに滝沢村において開催された。
 副理事長制を設け、鈴木浩氏(盛岡三高教諭)が就任した。
 東北高等学校体育連盟事務局担当県となり会長に高橋力氏(県会長)、理事長に鈴木浩氏(県副理事
長)が就任した。
 競技力向上を図るため強化事業費を徴収することが決定された。
 第41回総合体育大会を盛岡市を中心に9市6町において開催した。
 第45回国民体育大会冬季大会スケート アイスホッケー競技会が盛岡市並びに滝沢村において開催された。
平成2年度  
 
 会長に沖田岑夫氏(盛岡三高校長)、理事長に佐久間研次郎氏(盛岡三高教頭)が就任した。
 第42回総合体育大会を盛岡市を中心に9市4町において開催した。
 第2回全国高等学校ホクンング選抜大会が水沢市において開催された。
 平成11年度全国高等学校総合体育大会夏季大会の岩手県開催について県教育委員会教育長あて開催
依頼書を提出した。
 平成3年3月19日開催された、知事を会長とする岩手県スポーツ・文化イベント誘致委員会において、平成11
年の大会の誘致が決議された。
 選手強化を図るため、強化事業費として生徒1人あたり全日制・定通制とも200円づつ徴収する。
平成3年度  
   副理事長に早坂七郎氏(盛岡三高教諭)が就任した。
 第43回総合体育大会を盛岡市を中心に9市6町1村において開催した。
 平成11年度全国高等学校総合体育大会夏季大会の岩手県開催について7月3日県の方針が決裁された。
 同上大会の主会場地検討委員会が組織され検討が開始された。
平成4年度  
 
 会長に山影源吉氏(盛岡三高校長)、理事長に藤原英輔氏(盛岡三高教頭)が就任した。
 第44回総合体育大会を盛岡市を中心に9市7町において開催した。
 「財政検討委員会」を設置し、平成5年度からの財政確立について検討し、「県高体連振興費」を設け、平成
5年度から1人あたり全日制 職員1,200円、定通制600円を徴収することとした。
 平成11年度全国高等学校総合体育大会岩手県開催に関連して、その基礎資料収集のため評議員11名を
宮崎インターハイ視察に派遣した。また、「選手強化対策委員会」を設置し長期的展望に立った選手強化対策を樹立した。
 平成11年度全国高等学校総合体育大会主会場地について「主会場地検対策委員会」の検討を経て、最終的に12月28日に知事から北上市とする旨の談話が発表された。
平成5年度  
 
 第45回総合体育大会を盛岡市を中心に10市8町において開催した。
 平成11年度全国高等学校総合体育大会岩手県開催の競技種目別会場地について「競技種目別会場地
討委員会」の検討を経て9月27日会場地の内定について知事の決裁が得られた。
 同上大会に向け、競技力の向上を目ざし各専門部にも選手強化委員会を設置し、海外遠征等を含む各種選
手強化対策事業が開始された。
平成6年度  
 
 会長に高橋英雄氏(盛岡三高校長)、理事長に佐藤剛氏(盛岡三高教頭)か就任した。
 第46回総合体育大会を盛岡市を中心に10市7町1村において開催した。
 平成11年度全国高等学校総合体育大会岩手県開催に向け全県の意識高揚を図ることから「高体連会報」を
発行した。
 高体連スキー教室30周年事業として記念誌を発行した。
平成7年度
ああああああああああああああああああああああああああああああ
 
 理事長に松田郁夫氏(盛岡三高教頭)か就任した。
 第47回総合体育大会を盛岡市を中心に11市6町1村において開催した。
 平成11年度全国高等学校総合体育大会なぎなた競技会場地が決定された。
 全国高体連理事会において平成8年度全国高等学校総合体育大会第46回全国高等学校スキー大会岩手県開催、平成11年全国全国高等学校総合体育大会岩手県準備委員会が発足した。
 平成8年度全国高等学校総合体育大会第46回全国高等学校スキー大会岩手県実行委員会が発足した。
 平成8年度強化指定校及び強化指定選手を決定し、強化指定証授与式を開催した。
 全国高等学校総合体育大会の正式種目に決定されたことにより、なぎなた専門部を加え36部となる。
平成8年度  
 
 理事長に鈴木浩氏(盛岡三高教頭)が就任した。
 第48回総合体育大会を盛岡市を中心に8市7町2村において開催した。
 平成8年度全国高等学校総合体育大会第46回全国高等学校スキー大会が安代町において開催された。
 平成11年度全国高等学校総合体育大会岩手県高等学校推進委員会が発足し事務局を盛岡一高に置いた。
 平成11年度全国高等学校総合体育大会のスローガン、シンボルマーク、スローガン毛筆作品が決定した。
 平成11年度全国高等学校総合体育大会岩手県高等学校体育連盟強化指定部(平成11年度まで継続指定)を決定し、強化指定証授与式を開催した。
 第1回なぎなた新人大会を釜石南高で開催した。
平成9年度  
 
 会長に長渾佳彦氏(盛岡三高校長)が就任した。
 第49回総合体育大会を、初開催のなぎなた 飛び込み競技を含めて、盛岡市を中心に、13市6町1村におい
て開催した。
 平成11年度全国高等学校総合体育大会岩手県実行委員会が発足した。
 平成11年度全国高等学校総合体育大会の競技種目別大会日程、競技会場が決定した。
 平成11年度全国高等学校総合体育大会の総合ポスター図案、入賞メダル図案、参加章図案、大会愛称、
大会賛歌曲、ファンファーレ曲が決定した。
 第53回国民体育大会冬季大会スケート競技会が盛岡市、石鳥谷町 二戸市で開催された。
 第53回国民体育大会冬季大会スキー・バイアスロン競技会が安代町で開催された。
 第9回全国高校ボクシング選抜大会を水沢市て開催した。
 高体連スキー教室は、所期の目的を達成したことから閉講することとした。
平成10年度  
 
 理事長に松尾光則氏(盛岡三高教頭)か就任した。
 第50回総合体育大会を盛岡市を中心に12市8町2村において開催し総合開会式を平成11年度全国高等
学校総合体育大会総合開会式会場となる北上総合運動公園北上陸上競技場で開催した。
 平成11年度全国高等学校総合体育大会の総合開会式開催要項、競技種目別実施要項が決定した。
 岩手県高等学校体育連盟創立50周年記念式典並びに祝賀会が、平成10年11月19日に挙行された。
 第26回全国高等学校選抜卓球大会が水沢市で、第27回全国高等学校選抜バドミントン大会が滝沢村で、それぞれ開催された。
平成11年度  
               
 第51回岩手県高等学校総合体育大会を平成11年度全国高等学校総合体育大会のリハーサルとして位置付けるとともに、選手強化の効率的な実施を図るため、中心会期を1週間早めて10市6町2村において開催した。
 また、総合開会式を式典部門リハーサルとして位置付けて企画したが、荒天のため北上市総合体育館て開催した。
 全国高等学校体育連盟理事長会が、7月8日に盛岡市で開催された。
 全国高等学校体育連盟加盟団体長会議が、7月31日に盛岡市で開催された。
 平成11年度全国高等学校総合体育大会総合開会式が、8月1日に北上市総合運動公園北上陸上競技場で開催され、同大会は8月1日から20日までの間、10市8町2村を会場に開催された。
 また、同大会て本県選手団が、史上最高の75種目で入賞(8位以内)する成果をあげたことから、8月24日に「’99岩手総体成績報告会」を開催した。
 平成12年度以降の財政計画を検討・審議するため、岩手県高体連財政検討委員会を組織し、平成12年度から高体連振興費及び選手強化費を撤廃し、入会金(全日制1,000円、定通単制500円)と分担金(全日制1,000円、定単通制550円)で運営することを決定した。
 平成11年度全国高等学校総合体育大会の特集を加えて、岩手県高等学校体育連盟50周年記念誌を発刊した。
平成12年度 ああああああああああああああああああああああああああああああ
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 会長に畠中祥夫氏(盛岡第三高校長)が就任した。
 第52回岩手県高等学校総合体育大会を、盛岡市を中心に、11市5町1村において開催した。
平成13年度  
 
 理事長に佐々木正春氏(盛岡三高教頭)が就任した。
 東北高等学校体育連盟事務局担当県となり、会長に畠中祥夫氏(県会長)、理事長に佐々木正春氏(県理事長)が就任した。
 第53回岩手県高等学校総合体育大会を、北上市を中心に9市8町1村において開催した。総合開会式は荒天のため北上総合体育館て実施した。
 平成13年5月の(財)全国高等学校体育連盟評議員会において、平成16年1月に開催予定の第53回全国高等学校スケート競技・アイスホッケー競技選手権大会岩手県開催申請が了承された。
 また、平成15年度に開催予定の第37回全日本高等学校馬術競技大会の本県開催依頼を県高等学校体育連盟として受諾した。
平成14年度  
 
 会長に高橋満氏(盛岡三高校長)が就任した。
 引き続き東北高等学校体育連盟事務局担当県となり、会長に高橋滿氏(県会長)が就任した。
 第54回岩手県高等学校総合体育大会を、盛岡市を中心に11市7町1村において開催した。
 県高体連の当面する諸問題を検討する機関として、「岩手県高等学校体育連盟基本問題検討委員会」が設置された。これに伴い、「岩手県高等学校総合体育大会基本方針検討委員会」は廃止された。
 「岩手県高等学校体育連盟旅費規程」を制定し、県費旅費規程の変更に準じて旅費支給額の変更を行った。
 平成15年度第37回全日本高等学校馬術競技大会岩手県実行委員会が設立された。
平成15年度  
 
 理事長に伊藤昌毅氏(盛岡三高教頭)が就任した。
 第55回岩手県高等学校総合体育大会を、北上市を中心に9市7町1村において開催した。
 第37回全日本高等学校馬術競技大会が、水沢農業高校を会場として開催された。また、平成15年度全国高等学校総合体育大会、第53回全国高等学校スケート競技・アイスホッケー競技選手権大会が、盛岡市・石鳥谷町・金ケ崎町を会場地として開催された。
 さらに、国庫補助事業てある「日韓共同未来プロジェクト・夢と感動の日韓スポーツ交流事業」に参画し、バスケットボール・ハンドボール・ホッケーの3専門部において、韓国チームの招聘交流か実施された。
 各加盟校・各支部の運動部活動の活性化を図るため、「岩手県高等学校運動部活動振興事業」を新たに実施し、生徒・職員等を対象としたスポーツ講演会・スポーツ教室(スキー)を行った。
 「岩手県高等学校体育連盟傷害見舞金規程」を、傷害見舞金給付表に基づき傷害別に給付するよう一部改定した。
平成16年度  
 
 会長に小野寺昭吾氏(盛岡三高校長)が就任した。
 第56回岩手県高等学校総合体育大会を、盛岡市を中心に9市8町2村 43会場において開催した。
 国庫補助事業である「日韓共同未来プロジェクト・夢と感動の日韓スポーツ交流事業」に参画。ハンドボール・ホッケーの二専門部が韓国に遠征し、交流がはかられた。
 
平成17年度  
 
 
 理事長に鷹觜文昭氏(盛岡三高教頭)が就任した。
 第57回岩手県高等学校総合体育大会を北上市を中心に11市9町1村43会場において開催した。
 国庫補助事業である「日韓共同未来プロジェクト・夢と感動の日韓スポーツ交流事業」に参画した。
 バスケットボール専門部が韓国に遠征し、ホーケー専門部は韓国チームを招聘し、交流がはかられた。
 岩手県高等学校体育連盟強化指定校制度が復活した。
平成18年度
 
 
 会長に井上節夫(盛岡三高校長)が就任した。
 第58回岩手県高等学校総合体育大会を盛岡市を中心に9市6町1村48会場において開催した。
 平成19年度以降の財政計画を検討・審議するため、岩手県高体連財政検討委員会を組織し、平成19年度から入会金(全日制1,300円、定通単・養・聾650円)と分担金(全日制1,300円、定通単700円)で運営することを決定した。
平成19年度 ああああああああああああああああああああああああああああああああ
    
 理事長に石川幸男氏(盛岡第三高副校長)が就任した。
 第59回岩手県高等学校総合体育大会を、盛岡市を中心に、9市7町47会場において開催した。
 岩手県教育委員会教育長及び岩手県高等学校体育連盟会長から全国高体連会長あて平成23年度全国高等学校総合体育大会の岩手県開催承諾書が提出された。
 全国高等学校体育連盟理事会において、平成23年度全国高等学校総合体育大会の東北・北ブロック三県開催について承認された。
 平成22年度全国高等学校スキー大会及び平成23年度全国高等学校総合体育大会本県開催に向け、岩手県高等学校体育連盟11専門部において、中高連携強化事業を実施した。
 
平成20年度  
 
 副理事長に清川義彦氏(盛岡三高教諭)が就任した。
 第60回岩手県高等学校総合体育大会を、盛岡市を中心に12市4町51会場において開催した。
 平成23年度全国高等学校総合体育大会の岩手県準備委員会が発足した。また、同大会愛称・スローガン・シンボルマーク・総合ポスター図案が決定した。
 
平成21年度  
 
 理事長に吉水宗男氏(盛岡三高副校長)が就任した。
 第61回岩手県高等学校総合体育大会を、盛岡市を中心に9市7町49会場において開催した。
 平成22年全国高等学校スキー大会の愛称・スローガン・シンボルマーク・総合ポスター図案が決定した。
平成22年度  
 
 会長に山田市雄氏(盛岡三高校長)が就任した。
第62回岩手県高等学校総合体育大会を、北上市を中心に10市5町2村51会場において開催した。
 平成22年度全国高等学校総合体育大会第60回全国高等学校スキー大会が八幡平市を会場に開催された。
 平成23年度全国高等学校総合体育大会に向けて、「高校生活動岩手県推進委員会」を設置した。
平成23年度  
 
 理事長に松尾和彦氏(盛岡三高副校長)、副理事長に川戸英夫氏(盛岡三高教諭)が就任した。
 震災の影響により、ヨット競技の中止、予選免除など計画変更もあったが、県内外からの支援もあり、第63回岩手県高等学校総合体育大会を盛岡市中心に7市3町48会場で開催した。
 平成23年度全国高等学校総合体育大会を北東北3県を中心に開催した。県内では、7市町で9競技を開催した。同大会では、平成11年度に次ぐ、延べ44種目で入賞(8位以内)する成果をあげた。
 東日本大震災で被災した学校への活動支援として補助金を送金し、被災した生徒には、分担金・入会金を減額・免除することとした。 
平成24年度
 
 
 会長に佐々木修一氏(盛岡三高校長)が就任した。
 第64回岩手県高等学校総合体育大会を盛岡市中心に9市4町1村48会場で開催した。
 23年度に引き続き、東日本大震災で被災した生徒に対して、分担金・入会金を減免することとした。
 第47回全国高体連研究大会(宇都宮市)において、理事長松尾和彦が「東日本大震災と岩手県高体連」と題して課題研究を発表した。
 県高校総体のプログラム図案を公募・決定し、次年度に採用することとした。
平成25年度  
 
 会長に和山博人氏(盛岡三高校長)が就任した。
 副理事長に山口淳氏(盛岡三高教諭)が就任し た。
 東北高等学校体育連盟事務局担当県となり、会長に和山博人県会長、理事長に松尾和彦県理事長が就 任した。
 第65回岩手県高等学校総合体育大会を9市5町において開催した。プログラム表紙には、公募した図案を採用した。
 24年度に引き続き、東日本大震災で被災した生徒に対しての分担金・入会金を減額または免除とし、27年度まで継続の見通しを示した。
平成26年度  
 
 理事長に阿部伸氏(盛岡三高副校長)が就任し た。
 第66回岩手県高等学校総合体育大会を8市5町において開催した。
 27年度スケートインターハイの開催地が岩手県に決定し、準備委員会が発足した。
平成27年度 ああああ      ああああああああああああああああああああああああああああ
    
 第67回岩手県高等学校総合体育大会を8市6町1村において開催した。
 27年度スケート・アイスホッケーインターハイを盛岡市・花巻市・二戸市において開催した。
平成28年度  
    
 会長に山形守平氏(盛岡三高校長)が就任した。
 理事長に清川義彦氏(盛岡三高副校長)が就任した。
   
   
   
   
2020年インターハイ開催危機!?2020インターハイ特 別基金
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